2012年5月28日月曜日

外濠


法政大学エコ地域デザイン研究所編
鹿島出版会
21012年4月10日 第1刷発行
「江戸東京の水回廊」である江戸城の外濠について、縄文時代以来の地形、地形と外濠の配置の関係、江戸時代の歴史、明治維新後の埋め立てや石垣の破壊を含めた利用、外濠周辺地域の様子、現在まで残された外濠の水と空間が周囲の風や温度などに与える影響、未来の外濠に望まれる玉川上水の再生による水の浄化などについてふれた本でした。私にもお茶の水や四谷や赤坂などを舞台にした楽しかったりほろ苦かったりする想い出がありますが、東京で生まれ育った人であれば、外濠とその周囲の街への思いがなにかしらあるでしょう。180ページほどと大部ではなく、書かれている内容も専門家向けの小難しいものでもなく、見開き2ページで1テーマという体裁の、大人の絵本といった感じのこういう地理の本は、そういった読者にぴったりと感じました。
本書には明治の初め頃の外濠を撮影した写真がいくつか収められています。例えば、お茶の水の明治初年の写真では水面には舟が一艘浮かび、釣り人が水の中に入って竿を伸ばしています。濠の外側には森を背後に数軒の家がありますが、立ち並んでいるというほどの数ではありません。現在では東京のまん中といった感じの地域も、江戸時代には江戸の郊外だったことがよく分かります。熊本や広島といった現在の百万弱規模の都市を江戸に重ねあわせてみれば、きっと外濠のあたりはきっとかなりはずれの方にあたるんでしょうからね。
本書の大部分のページはモノクロ印刷です。外濠の現在の様子を写した写真は何ページにもわたってカラーで載せられていますが、説明の図がカラーで大きく印刷されているのは冒頭の12ページ分しかありません。それでいて、本書の多くのテーマが提示された図をもとに解説されています。それらの図の多くはとても小さく、しかもモノクロのグラデーションで塗り分けられた図の上に説明の文字が1ミリ角くらいの大きさで重ねられていて、見にくいことこの上なしです。しかも本書の本文用紙には平滑第一という紙が選ばれてはいませんから、本気で見せるつもりがあるのかどうか疑問に思えるくらいです。「外濠地域の土地利用」「濠底の陰影段彩図」「外濠周辺の熱環境と風向・風速」「外濠周辺の緑地分布」などの図がそういった役立たない図にあたります。


本書には「図・写真クレジット」のリストが巻末に載せられているので、これらの図について調べてみると、出典の記載がありません。これらは筆者のオリジナルということですが、こんなみっともない図をわざわざ本書のためにつくったとも思えませんから。おそらく学会でのプレゼンテーションか雑誌への投稿論文にでもつかったものを、縮小してしかもカラーからモノクロに変換して転載したんではないでしょうか。でも、筆者の方々がそういう手法をとったとしても、本としての出来上がりを編者がチェックして読みやすくなるよう指摘してあげればいいのにと思うのです。または、風景写真をカラーで印刷して載せずに上記の図をカラーで印刷するように企画しなおすこともできたでしょうに。そう考えると、本書の編者である「デザイン研究所」さんは、少なくとも読者に配慮したデザインを考える能力がない研究所さんであることはたしかですね。
以下、本書とは直接関係しないこと。お茶の水駅のところで中央線上り快速の窓から神田川を眺めると、江戸時代にあの深い水路をよく人手で掘ったもんだと感心します。で、あの神田川をベルリンの壁のような境界にして東京が南北に分断されている状況(日本自体も分断されていた気がする)を描いた小説がありました、両岸がコンクリートで固められた絶壁で警備も厳しい神田川を北から南に泳いで逃亡して来る様子を読んだ記憶があります。これって神田川開削の凄さをまったく別の面から的確に描いた小説でもあるわけで、もう一度読んでみたい気がするのですが、上記のエピソード以外はタイトルも何も憶えていないので、実現できていません。

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