2012年4月20日金曜日

飢餓の革命





梶川伸一著
名古屋大学出版会
1997年11月30日 初版第1刷発行
先日、日中戦争下での徴兵・食糧の徴発などが中華民国の自壊に深く関与していたことを興味深く説明している中華人民共和国誕生の社会史という本を読みました。同書ではロシア革命にも同様のメカニズムのあったことが触れられ、本書の名前が参照文献として載せられていまし。それがきっかけで、ロシア十月革命と農民というサブタイトルをもった本書を読んでみることにしました。本書によると

  • ケレンスキーの臨時政府の時期から、不円滑な流通が原因で穀物の不足をきたす地域があり、価格が上昇していた。その対策として1917年8月に穀物価格の固定制が導入された。十月革命の後にも、価格の改訂はされたが穀物価格の固定制は継続された。インフレーションのため生産農家は紙幣との交換で穀物を売りたがらなかった。商品との交換による穀物の買い付けも試みられたが、革命後の都市での生産減退と流通の問題から農家の欲する生産材・消費財の供給は不十分で成功しなかった。この結果、都市で配給量が削減されてかつぎ屋も横行した。
  • 「国内に食糧はある。地主、クラーク、商人の所に腐りかけの大量の食糧がある」との前提で、ボリシェビキ政府は安い固定価格による強制的な収買と私的商業を廃しての専売制をめざした。しかし、農家の売り惜しみ、高値で買うかつぎ屋、地方ソビエトの非協力に加えて、休戦後に復員兵や武器が農村にも流入し中央政府の施策に武装して反抗する機運が強くなったことで、目論見通りには進まなかった。ペトログラード、モスクワ両首都では食糧切符で入手できる量が減って飢餓は進行し、強制的な徴発を行うため武器を携えた食糧部隊が都市の労働者を主体に創設された。農作物の勝手な刈り取りや徴発に抵抗する農民と食糧部隊との間ではしばしば武力抗争が発生し、死傷者もみられた。
  • 農村ではクラークだけでなく、農村革命で生まれた多くの小規模自営農も「プチブル」的性格を持っていたので、ボリシェビキの食糧独裁・専売制に反抗した。都市で起こった革命を農村にも波及させ、農村でのボリシェビキ権力の確立のため、 穀物の余剰をもたない落ちこぼれ的存在である貧農に依拠する名目の貧農委員会がいったんは設置され、その後、地域のソヴェトにボリシェビキ支持者を選出させることで発展的に解消された。
という流れが、本書の扱う1919年初頭までにみられたのだそうです。もともと、革命前からボリシェビキの依拠するプロレタリアートの居住する都市部では食糧が不足していて、ボリシェビキは農村から穀物を奪って都市を養おうとした。それに反抗する県や郷や村のソヴェト(とそれを構成するクラーク・中農・商人・聖職者・役人)には武力を用いた弾圧(著者曰く「都市によって宣告された農村への戦争」)を加え、中央の言いなりになるソヴェトを作り出していったということのようです。そして、これがその後の中央集権的で恐怖の支配する1950年代までのソ連の姿を規定したわけです。
ロシアの十月革命に限らず、食糧不足の状況下でおきる暴力的な政権の交替には、飢餓や徴発などの混乱は必発なのかと思います。ただロシアの十月革命が異常なのは、 ボリシェビキの積極的なメンバーが、農村の飢餓や徴発、商人・クラークへの弾圧などなどを、階級闘争として必要かつ正当な行為として信じて実施したことかなと感じます。正しいことだから、容赦がない。その後のスターリン時代の大粛正も、帝政下での地下活動の経歴のあるスターリンが異常に残忍だったからということだけで説明できるわけではなく、スターリンをはじめとした共産党員が、革命を防衛するために必要かつ正当な行為と感じていたからあんな風になってしまったのでしょう。
農村での強制的な収買・徴発に対しての武力抵抗で多くの人が死傷したように本書には書かれていますが、具体的にはどのくらいの犠牲者が出たのでしょう。しっかりした統計はなくて、数を上げることが難しいのかも知れませんが、本書を読みながら知りたく感じました。十月革命後の早い時期にそういった情報が世界中に知れ渡っていれば、20世紀の悲劇の一部だけでも減ったものか、それとも日本をはじめ各国の共産主義の信奉者は革命なんだから正義の実現に犠牲のともなうことは当たり前と感じるだけで無意味だったか、どっちでしょう。
本書は専門書なので、きちんとした基礎知識をもった読者を想定してるのだと思います。私がその水準に達していないからいけないのだとは思いますが、見知らぬことばが少なくありませんでした。クラークくらいはわかりますが、以下のようなことばも有名なんでしょうか。
  • サモスード:説明なく使われ続け、なぜか本書のなかほどで(リンチ)という注をつけられていました。
  • アルチェリ
  • クスターリ
  • フートル
  • オートルプ
  • バトラーク
また、本書の日本語は難しいというわけではありませんが、指示語の使い方や表現については、上手な日本語ではないという印象をもちました。

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