2011年8月12日金曜日

中世荘園絵図の解釈学

黒田日出男著
東京大学出版会
2000年7月発行
先日、絵図学入門を読み、勉強にはなりましたがなにか物足りない感じ。そこで、こんどは中世の荘園絵図をあつかった本書を読むことにしました。荘園絵図と差図についての論考が13本収められていますが、学ぶ点が多いだけでなく、とても面白く読めるものばかりでした。どうして面白いかというと、内容が面白いのは確かですが「謹厳実直な研究者には怒られるかもしれないが、中世の荘園やムラを調べたり、荘園絵図や村絵図を読み込んでいくことは、一種の<謎解き>に似た、実に刺激的なプロセスである」と著者自身が本書の中で書いているように、良質の探偵小説を読んでいるような感じと著者の筆力のおかげで引き込まれてしまうのです。この本はハードカバーだから一般の人が手に取る機会ってとても少ないと思われます。絵図学入門の方はソフトカバーで近所の書店で平積みしてありました。私としては本書の方がずっと面白く感じたし、本書も近所の書店で平積みにされるような販売法を考えないと、せっかくの良書が専門家以外の読者には届きにくくなってしまって、もったいない感じがします。東大出版会さんはどうお考えでしょうか。
実際のためになって面白い点ですが、例えば薩摩国日置郡北郷下地中分絵図。下地中分絵図ですから、どういう風に中分したのかが分かるように中分線が描かれています。でも、この図は単に確定した中分線を示すためだけに作成されたのではなく、どこに中分線を引くかの交渉の際に使われたのではないかと著者は主張しています。というのも、実際に確定した中分線以外の境界線の候補となりそうな道や地形が描かれているからです。これっていわれてみればそうかもしれない、目から鱗の指摘です。
陸奧国骨寺村絵図。カラー口絵に載せられているものをみると、継がれた用紙に描かれていることが分かりますが、右上の一枚が剥がれてなくなっていることが一目で分かります。それに加えて、 著者は残された文字と紙の色の違いから下方にも糊代があって2枚が剥がされて存在しないことを指摘しています。自分たちの立場に反する記載があったので、その記載のある部分の紙を剥がして相論の場に持ち出したのだろうということで、納得。
黒山、黒石、黒川、黒谷などの黒のつく地名が、開発の手の入っていない境界を表す地名なのではないかということを地名データから主張。鋭い指摘です。また、地名などの文字の向き、主題はなにか、描かれた建築物・田などの数や位置のバランスがどこでとられているかなどなど、各論考での絵図の実際の読み方はとても勉強になりました。

取りあげられている絵図には、絵師の描いたものと、そうでないものとがあると思われます。たとえば、紀伊国神野真国荘絵図とか陸奧国骨寺村絵図詳細図などは、墨一色で描かれているだけではなく、稚拙な印象なのでプロの絵師ではない人が描いたんでしょう。それにしても、前者は1メートル四方くらいの大きさで、後者も80×50cmくらいと大きな紙をつかっています。貴重な紙を大きく使っていますから、後代まで残る可能性を認識して描いた絵図なんでしょうに、どうしてこんなに稚拙なのか。絵心の全く無い私でももっとましに描けそうな気がします。中世の一般人は現代の一般人と比較すると絵や図を見る機会がずっとずっと少なかったので、現代人より稚拙なものしか描けなかったのかなと感じてしまいました。



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