2010年12月7日火曜日

大地の咆哮


杉本信行著 PHP文庫
2007年9月発行 本体743円
チャイナスクールに属していると自ら書いている外交官で、上海総領事も務めた方の著書で、2006年にハードカバーで発行されたものが文庫化されたのだそうですが、タイトルの「咆哮」にルビがふってあって驚きます。著者は外務省入省後、1974年に中国語研修のために中国に派遣されました。 著者は中国に関する事象とその背景をかなり長期的な視野から分析して日本人への提言をしていますが、四人組健在で周恩来も生きていた1974年という時期から中国を体験してきたことが、それを支えているようです。
本書の冒頭の解説には「中国との関係が十数年かかってここまで悪化した」と書かれていますが、私にはとてもそうは思えませんし、おそらく著者もそうは考えていないでしょう。国交正常化、日中平和友好条約やその頃の日中友好ムードは、中国政府にとって必要だったからこそ実現したのだと思います。それに悪のりして、中国側の賠償放棄を成果と誇ったり、そして尖閣諸島を含めた領土問題の確定を怠ったりした日本政府の先見のなさこそ責められるべきです。また、現在の日中間の緊張は、今や中国政府にとって日中友好が必要とされてはいないからだと認識することが重要だろうと私は思うのです。
著者は、江沢民の三つの代表理論で
「中国共産党は「プロレタリア独裁」という一つのテーゼを放棄した。だから党の支配の正当性および正統性を維持するためにイデオロギー的空白を埋める必要に迫られ、国民のナショナリズムを煽ることにより、それを達成しようとしているのだ」
と鋭く指摘しています。抗日の歴史や台湾統一を掲げることはそのため。また現在の
「反日運動は中国政府が国内的に必要だからやっているわけだが、それをやり過ぎると結局は中国政府自身に跳ね返ってくる」
という著者の見解はもっともだと感じます。また著者は、党が反日デモを抑えようとして治まらない事態があったことや尖閣諸島への領海侵犯に関して、軍が党に従わない、シビリアンコントロールの不十分さを指摘しています。中国政府が一枚岩でない(かつての日本でいえば、幣原外交と軍部の関係みたいなのかも)とすれば、日本人の反応が過激になることは指導部の軍に対する立場を悪化させることを考慮しておかなければいけないでしょうね。新中国建国以来、大躍進・文革・核開発・中越戦争などの問題を起こしことは確かですが、中国政府が北朝鮮などとはちがって、より了解可能な、対話の可能な存在であったことも確かですから。
また、日本では政治・経済・軍事大国化しつつある隣国中国に対して脅威を感じる人が多くなっています。しかし著者は中国自身が貧富の格差・水不足・環境・農村・高齢化問題などの弱点を抱えていること、中国自身も脅威を感じていることを指摘しています。それに絡めて日本の中国の接し方について著書は、
「中国の脅威とはいったいどこからくるのか。それは外部からの脅威というより、これまで放置してきた内部矛盾の爆発からくるほうが大きいのではないか。それが「中国の”国内ODA”の誘い水」を通じて避けられますよ、中国に向かって訴えるのだ。これは軍事費を増やすなら円借款を中止すると迫るより、よほど説得力があるのではないか。もう一つ、環境対策はもう待ったなしで、円借款であろうと無償資金援助であろうと「草の根無償資金協力」であろうと「日本の環境問題」として実施していかなければならないのではなかろうか。酸性雨の防止、ゴミ対策など、放置しておけば日本に大変な被害が及ぶ。中国も環境問題の深刻さに気づいている」
「外国への資金援助とは、最低限の見返りとして、その国が将来、日本の脅威にならないため、負担にならないほどの友好国となるための投資である」
と指摘しています。日本のすぐ西側にある巨大な国、中国。私たちとは異質な面を多分にもった存在であり、脅威に感じる点もあります。個人的に中国を脅威に感じて日本からどこか他に移住する人もいるのかも知れませんが、日本人全員がそうするわけにもいきません。ですから、中国がなるべく付き合いやすい存在になってもらうように行動してゆくこと、「わが国のための対中援助」「損して得取る」が日本政府の方策になってもらわないと困ります。

著者は台湾に勤務したことがあるそうで、台湾についても一章さいて触れています。
「今後、日本の台湾に対する対応が、とりわけアメリカと比較して極端に冷淡である場合には、若い世代の日本に対するイメージが悪化する潜在的な危険が存在する」
という指摘は重要だと感じました。

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