2010年10月8日金曜日

ものづくりの寓話


和田一夫著 名古屋大学出版会
2009年9月発行 本体6510円
以前、本書の著者である和田さんが訳した「アメリカン・システムから大量生産へ」(デーヴィッド・A・ハウンシェル著、名古屋大学出版会)を読んだことがあります。大量生産と言えばフォードシステム、フォードシステムと言えばコンベアの導入された工場の写真が思い浮かびます。しかし「アメリカン・システムから大量生産へ」は、大量生産には生産ラインへのコンベアの導入が重要なのではなく、組み立てに際して現場で摺り合わせ作業をする必要のない互換性のある部品の採用が重要であること、そしてアメリカでの互換性生産の歴史を分かりやすく教えてくれる好著でした(この本も私のおすすめの一つ)。
本書のサブタイトルはフォードからトヨタへとなっていますが、それを示すように「本書は上記のハウンシェルが描いたアメリカにおける互換性製造の道のりの後日談を、日本について描こうとしたものである」と「はじめに」に書かれていました。
第一章フォードシステムの寓話では、移動式組み立てラインばかりが注目されることに対して注意を喚起しています。例えば生産費の低減はコンベアのない時期にもかなり実現していたこと。T型フォード車の組み立はコンベアシステムの導入されたハイランドパーク工場だけでなく、各地の分工場でも行われ、分工場の合計生産台数の方がずっと多かったこと。金属製閉鎖型ボディの主流化がT型フォードの終焉に一役かっていたことなど。
第2章「フォードシステム」の日本への受容では、主に戦時下の航空機の生産を例に、互換性生産が実現できない状況下でも、流れ作業方式が注目され、導入を試みられたことが記されています。しかし、戦時下という悪条件、自動車よりも部品数の多い飛行機の生産という困難さも相まって、必要な数の部品を過不足なく組み立て工程に供給するように全行程を管理することができませんでした。そしてその経験から、戦後の一時期に推進区制が実現しました。生産工程をいくつかに分割した推進区を設け、その推進区に現場内での管理を任せ、中央は推進区を統制するシステムだったそうです。ただしこれは最適な方式とは見なされてはいませんでした。
第3章以降では、日本でフォード・システムを実現しようとした企業者・企業としてトヨタを取りあげます。豊田自動織機製作所は自動織機の生産で互換性生産を実現し、また自動車エンジンの生産に必要な鋳造技術も備えていたことから、 豊田喜一郎は自動車事業に参入することを決意します。しかし実際に第一号の自動車ができるまでに五年半もかかり、またその後は戦争の影響も受けました。敗戦後、自動車事業を継続する決意から、協力企業との関係構築、標準時間の測定など生産現場のデータの把握から工程管理へ、労働争議を経て労組による協力を得て、マテリアルハンドリング、IBMのパンチカード集計機・コンピュータの導入、カンバン方式への移行などが、史料にのっとって、しかも通説の弱点も指摘しながら順次説き明かされています。
読み終えて、とても楽しい本に出会えたという感想を持ちました。「アメリカン・システムから大量生産へ」の日本での後日談という著者の意図は充分実現されています。また、この著者はきちんと読者を意識した表現をしていて、とても読みやすい文章です。なんというか、著書の頭の中には全体を一貫したストーリーがあり、それを物語ってくれているような感じを受けるので、私のような素人にも読みやすいんだと思います。これまで読んだ「アメリカン・システムから大量生産へ」「企業家ネットワークの形成と展開」「帝国からヨーロッパへ」などこの著者の著書・訳書は同じように分かりやすいと感じ、また勉強になるものでしたが、本書もその例外ではありませんでした。
名古屋大学出版会は良い出版社で私の好きな本をたくさん出してくれています。それでも、ここから出版されたハードカバーだと読者が限られてしまうのでは思われます。例えば、本書中にも引用のあった中岡哲郎著「日本近代技術の形成」朝日選書809のように、本書もどこか他の出版社から選書版で出版されればもっとたくさんの人の目に付いただろうにと思われてならず、好著だけにその点は少し残念です。

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