2009年3月14日土曜日

前工業化期日本の農家経済


友部謙一著 有斐閣
2007年3月発行 本体4000円
「18世紀から20世紀初頭にかけての日本では、ほかのアジア諸国で見られる『農民層分解』ーー土地なし層の増大ーーの明瞭な形跡は見あたらず、その一方で1870年代以降小作地化が顕著に進展するという特徴を持っていた。この観察事実だけから地主小作関係が日本の小規模な農家経済の維持に少なからず貢献したというのは性急なことかも知れないが」

この本の白眉は、この記述だと感じました。私が本書を読んで学んだことは、耕作可能な耕地の面積は農家の中の働き手の数に応じて変化すること、しかも死亡・出生・成長などによって農家の中の働き手の数が変化するので、ライフサイクルの各時点に応じた適切な耕地面積を維持するために自作と小作と組み合わせて対応したこと、村を構成する各農家のライフサイクルはそれぞれずれているので耕地をお互いに小作に出したり受けたりしたことなどでしょうか。ふつうに見聞きしたことのある地主制論では、農民層の分解で地主・不在地主と小作が出現し、日本資本主義の半封建的な性格につながり、寄生地主による高率な小作料が労働者の低賃金とも関連し、 小作争議で後退し始めるという感じでしょうか。そうじゃない見方があるという点で、とても勉強になりました。

そのほか、第一章の近世日本における農家経済の成立では、太閤検地にともなう近世初頭の小農自立について、流浪・非定着性の中世→親方宅への下人としての住み込み→同棟別居により下人が世帯を形成し、さらに別棟別居へという過程で下人の「家」が経済的にも独立していったことが論じられていて勉強になります。また、夢であった世帯が持てるようになり、その世帯を存続させるための勤労意欲がもたらされた点や、別居によるプライベートな空間をもつ世帯が多数創出されたことによって、17世紀の人口増加がもたらされたことなども説得的です。

次の数章にわたって、ロシア・ソ連の経済学者で後にスターリンに粛清されたチャヤーノフさん流の小農家族経済論が展開されます。チャヤーノフ理論では基本的な分析単位が農家世帯です。実際の農家でも農作業と副業にどう従事するかを決定していたのは農家の個々の構成員ではなく家長夫婦でしょから、良い分析法ですね。チャヤーノフさんの理論を人類学者のサーリンズさんがまとめた三つの法則、
①農家の消費力・労働力と生産額が正の相関にある
②同一の消費力をもつ農家同士では、より多くの労働力をもつ農家の方が協力による成果でより多くの生産を獲得して、より高い消費水準を実現する  
③同一の労働力をもつ農家を比較すると、より多くの消費力をもつ農家の方が、労働強度を増やすことにより、より多くの生産を獲得する
 が、世界や江戸期と近代日本の史料で検討されています。
①②は別にして、③は被扶養人数の多い農家の人の方がたくさん働かなきゃならないということだから当たり前だと思ってしまいました。多くの史料にあたって、確認した労作という点が重要なのでしょうか。あと、著者がチャヤーノフさんにこだわるのは、チャヤーノフさんの「農家の所有耕地面積は農地/労働力に応じて循環的に変動する、この状況では古典的な農民層分解が起きにくい」という主張があるからなのでしょうね。

とても勉強になった点のある本ですが、欠点もたくさんあります。まず、この著者の日本語はとても下手で読みにくいのです。特に序章とか第7章とかひどい。また、第8章数量経済史から見た幕末百姓一揆では、Rekishowという著者も関係しているオーサリングツールによる一揆の時代による変遷が、ちらっと紹介されています。その説明と本書唯一のカラーページである口絵の図とをみてもほとんど意味不明です。著者はよく分かっているのでしょうが、知らない読者に紹介するスタンスではなく、自己満足でしかない感じ。さらに、この第8章では一揆の頻度・マグニチュードと地域ごとの都市化・市場階層間バランスの関係が論じられているのですが、途中の議論と解釈の間がまったくつながらない印象です。大学の紀要ってこんなレベルのいい加減さでもいいのかと驚き入った次第です。

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