2008年7月3日木曜日

シンポジウム 歴史のなかの物価


原田敏丸・宮本又郎編 同文館
1985年10月発行 本体2800円

1984年8月に開催された社会経済史学会の「前工業化社会の物価と経済発展」というシンポジウムの記録として出版された本です。20年以上前に印刷発行された本でページにやけやシミが見られる状態なのですが、ジュンク堂新宿店で購入しました。ジュンク堂は不思議な本屋さんでこういう古い本がなぜか置いてあったりします。

このシンポジウムは6つのセクションに分かれていて、物価史における問題意識という総論のセッションと西欧の前工業化期をあつかったセッション以外の4つは江戸時代に関するものでした。江戸期をざっと通してながめると、米価上昇の一世紀だった17世紀、米価安の諸色高の享保中期、元文改鋳から文化期までの物価安定と綿菜種生糸の米に対する相対価格の低下、インフレ的成長の文政天保期、開港後の万延改鋳と価格革命ということになるでしょうか。

現代の価格統計などでは実質価格が主に扱われているの、物価史でもそうなのだとばかり思っていました。しかし、なんらかの基準通貨で換算した実質価格を対象とする研究者だけでなく、名目物価を対象とする研究者も多数存在するのは興味深い点です。換算することが困難だからと言うわけではなく、改鋳や貨幣量の変化などの貨幣的要因が物価のみならず実質経済に与える影響を重視する立場(例えばインフレ的成長論)から、名目物価を重視するとのことで、勉強になりました。

米価上昇の一世紀だった17世紀は前近代日本にとって大きな変化・成長の時期であり、人口もこの間に1200万から3000万程度にまで増加しました。この米価上昇と人口の増加に関連があったことが想定されますが、さらに貨幣的要因(流通通貨の増加)が加わっていたかどうかについては決着がついていないようです。その他、興味深い点としては、米価以外の物価、特に農産品価格と工業生産物価格の歴史的変動がありますが、これについてもまだ研究が少ないと言うことでした。

私が大学の附属病院でポリクリをしていた5年生の時に岩波書店から講座日本経済史が出版され始めました。それまで不勉強だった私は、数量経済史や歴史人口学に関する知識が全くなく、この講座の第一巻「経済社会の成立」を読んで、非常に新鮮な驚きをおぼえたのを覚えています。その後、6年生の10月には第二巻「近代成長の胎動」も第6回配本として発売されました。この講座は第三巻以降も全般的に面白いものなのですが、ことに第一巻と第二巻は江戸時代に対する新たな見方を与えてくれるなど、私にとっては影響力の強い2冊となりました。

第一巻の中の「概説17-18世紀」の物価を扱ったところと、第二巻の中の「物価とマクロ経済の変動」とは、本書の編者のうちの1人の宮本又郎さんが書いています。2つとも面白い論文ですが、専門書の中の文章ですから、整理された書き方がされていて、素人の私にはその背景までは見通せませんでした。本書と岩波講座日本経済史の時間的関係から、宮本さんは本書のシンポジウムの経験も生かして、2つの論文を執筆したはずです。なので、江戸時代の物価に関する本書を読んでみると、宮本さんの整理された論文の裏にはいろいろな学者の仕事や違った考え方などが反映されているのだということがよく分かったような気がしました。本書のようなシンポジウム記録や、学生院生向けの入門書などは、そういう意味で素人にとっては利用価値があります。

講座日本経済史が続けて出版されていた頃は医師国試から研修医としての修行の時期でした。なので、そうそう趣味の読書に耽るわけにもいかなかったのです。もしその頃がもっとひまだったら、20年も早く本書「シンポジウム 歴史のなかの物価」に巡り会えていただろうと思うのです。今となっては、1980年代までに発行された江戸時代物価史の本は入手困難なものばかりなのでちょっと残念です。

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