2008年3月28日金曜日

中国出版文化史

井上進著 名古屋大学出版会 
本体4800円 2002年1月発行

印刷された本が出現する以前の竹簡に記された書物の時代から、明代末に至るまでの中国の書籍の歴史を記した本です。雰囲気としては大学教養課程の教科書のような本で、分かりやすく解説されています。名古屋大学出版会なのでハードカバーの本ですが、内容的には選書で出されてもおかしくない気がしました。その方がもっと安く、読者もたくさん獲得できそうな本です。

知らない分野なので、どの記載も新たな発見を感じました。とても批評は出来ないので、いくつか気付いた点を。まず、民間人に印刷され市販された書物として最初にポピュラーになったのは、挙業書という科挙の受験参考書だったそうです。とても納得できるエピソードです。

出版の中心地が、必ずしも首都ではないというのは驚かされた点です。宋代には福建が中心だったそうです。その後、明代の十六世紀からは、福建に加えて四川や南京・蘇州などの江南で出版が盛んになったそうで、北京中心ではないのですね。

「読書の貧困は朱子学の地位が上昇するにつれて、ますますはなはだしいものとなった」という著者の鋭い指摘があります。真理は朱子が明らかにしているので、道徳という学問の核心において未熟な者は歴史・文学や異端の学である諸子などに関心を向けたり経書を研究したりなどせずに、与えられた真理と自らを一体化させる実践に努めればいいということだったのだそうです。

こういった朱子学をドグマ化する考え方により、文学・歴史・経書・諸子の出版が明代初期には低調となりました。しかし、これに飽き足らない王陽明や心学の出現が、ひいては「六経はみな史なり」という考え方や、自らを楽しませるための読書という考え方が正当化されてゆきました。その結果、孟子によって禽獣と判定された異端の墨子をはじめとした諸子が出版されるようになっていくということで、このあたりの記載もとても興味深く読めました。

著者には2006年11月に平凡社から出版された「書林の眺望」という本があります。そちらは、漢籍に関する面白いエピソード中心にまとめられた好著です。私はそちらを先の読みましたが、教科書的な本書が先の方がより理解が深まったかも知れません。

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