2008年3月20日木曜日

昭和十年代の陸軍と政治

筒井清忠著 岩波書店 
本体2600円 2007年11月発行

本書には、軍部大臣現役武官制の虚像と実像というサブタイトルがついています。著者は、軍部大臣現役武官制の復活により軍部が内閣の生殺与奪の権を握ったという通説に対して、それが虚像であることを述べています。

軍部大臣現役武官制が復活する前の広田内閣での陸相選任に強く陸軍の意向が反映されたこと、広田内閣が軍部大臣現役武官制を復活させたのは2・26事件に関与し退役となった行動派の将官の陸軍大臣就任を防ぐことが主目的であったことがまず、その理由です。

そして、その後の林・第一次近衞・阿部・米内内閣での陸相選任過程や米内内閣辞職の過程などが詳しく説明され、著者の主張はまあそうなのだろうなあと納得させられました。

ただ、組閣の大命が下った宇垣一成が陸相を得られなかったことで組閣に失敗したケースに関しては、著者の説明が今ひとつとも思われました。首相就任に強い意欲を持ち、陸相指名の勅命や自身の現役復帰などを天皇に奏請するよう湯浅内大臣に依頼したくらいの宇垣ですから、 もしこの時に軍部大臣現役武官制がなければ、予備役大将である自分自身が陸相も兼任して組閣しようとしたのではないかとも思われるからです。 陸相の選任には陸軍三長官会議の合意が必要という慣例があり紛糾したとは思われるのですが、その後には別の昭和史があったかも知れないとも思うのです。

軍部大臣現役武官制が大きな役割を果たしていなかったのに、昭和十年代の政治(また現役武官制復活以前の日本の政治全般)に陸軍の意向が強く反映されたのはなぜかということが次に説明されるべきことです。軍隊は武力を持っていて、しかも2・26事件のようなクーデターを起こしうる存在であることが知れ渡ったことが、昭和十年代に陸軍の政治力が強くなった一番の源泉なんでしょうかね。

それと、本書に記述されているエピソードを読んで不思議に感じるのは、陸軍軍人の天皇に対する意識と行動です。国体明徴などといったスローガンで他者を攻撃する一方で、天皇から組閣を命じられた人物の組閣を妨害したりするのってとても変に感じます。私には言行不一致に思えますが、こういった行動が彼らの頭の中ではどう合理化されていたのか本当に不思議です。天皇に対する忠なんて建前だと思っていたのだとしたら、天皇機関説よりよっぽどたちが悪いとして右翼から攻撃されてしかるべきだと思うのですが。

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